私はシジュウカラという鳥が大好きであります。
シジュウカラという鳥は1日100回以上、巣立ち前の子供に餌を運ぶらしいです。どちらかが事故に遭遇してワンオペになったとしても、あたりまえのように餌を運び続けるそうです。これぞ「ザ子育て」であります。
娘が生まれた時、不安だらけでした。お金はどうしよう。自分に子供をうまいこと育てられるだろうか。自分に親になる資格だあるだろうか。でもその時、自分なりの妙案を思いつきました。
「そうだ自分の人生をプレゼントしよう。」
もしかしたらなんとかなるかもしれない、どうせたいした人生って訳じゃないし、よっしゃー!気前よくどーんとプレゼントしよう。そう覚悟を決めた時、空を見上げました。
見上げた空の色は漆黒の色でした。
でも、そんな暗闇から大量の雪が降ってきて、なんだか、しんしんと降る雪でありまして、そのしんしんと降るゆきから沈黙の音を感じたような気がしました。沈黙は音を発しているのに気が付いたのであります。少しづつ自分の心は静かになり、雪の音が聞こえると錯覚するくらい気持ちが静まったのかのようでした。
それから数十年がたち、こう思います。
ピーピーした生活の日々でしたが、子供とのそんな生活は楽しかったの一言につきます。お金がなくても、そんな状況を笑い飛ばせる自分がいました。気が付くと私はなんだか強くなっていて、それどころか野鳥のように、いや獣のように自然回帰能力まで備わったのではないかと思える程、どうやってでも生きていける、なんぼでも頑張れる、そんな人間に変貌していたように思います。そう思える自分がうれしくてしょうがなかったように思います。それは、こみ上げてくる隠しきれないひそかな喜びとなりました。
振り返ると、
子と過ごす時間、それはただただ必死なだけではありましたが、しかしそれは人生においてすてきなほど至福の時間であり、幸福の学習をさせてもらっていたという感があります。一方で気前よく捨てたつもりの人生でしたが、人生とはむちゃくちゃ楽しくておもしろいものだと思える自分がいます。いや「思える」というような紳士然とした弱っちいニュアンスではなく、突然、襟首をつかまれた人間のように、驚愕性をともなう「思い知らされた」というような言い回しの方が真実に近いような気がします。要するに私は襟首をつかまれ床にガツンとフォールされたのでした。ねじ伏せられなければ薄っぺらなまま残りの人生をおくっていたでありましょう。
娘が保育園の時に3才くらいだったと思うのですが、担任の先生(家庭もちの女性先生)がとてもユニークな文章で連絡帳の「園から」の欄に娘の本日の様子を書き込んでくれまして、自分も負けじと「家庭から」の欄に一生懸命書き込みをしました。(ちなみに保育園によっては連絡帳は長文を書き込むと嫌がる園や保育士さんもいますのでケースバイケースだと思います。)
「お父さんの報告とってもおもしろく毎日楽しみに読んでます」などと、お世辞まで書き込んでくれるような保育士さんでありまして、その保育士さんに乗せられというか、触発されてというか、人間って報告する相手がいるいるということは、なんて幸せなことなんだろうと、そう思うようになりまして、それからホームページ の勉強をしたりなんかしまして文章を書くのはどちらかというと苦手なタイプではあったのですが何かにとりつかれるようにネットという媒体に対して必死に書き込みをする自分がおりました。特に誰かに見てもらいたいという欲求ではなかったのでありますが、書き込みしてるとなんだかとってもおちつきまして、当時、男の子育ては確かにしんどくヒーコラした毎日だったのですが、ホムペやブログが自分を大きく慰めてくれる唯一の逃げ場所というか安全地帯のようなものだったことは間違いなかったと思います。もしこういうネットの媒体がなければ自分はどうにかなってしまっていたかもしれません。
保育園の時は喘息が治らない時期、この時期は非常に切なかったであります。
小学校の時は母親がいなくて不憫な場面は沢山ありましたが、つらい思いは必ずや子供自身を強くするのだと信じ、余計な口を出さずにただ見守りました。中学生からは、あまり手がかからなくなりました。小学校までは、お父さんフル出場ってな感じだったのですが、中学からは、放課後や休みの日も部活なので、お父さんとしては心にポッカリ穴が空くくらい、それくらい手がかからなくなりました。
片親家庭は片親家庭なりのメリットが沢山あると思います。もちろん両親家庭には両親家庭の良さが、、、それぞれの家庭なりの生活形態を確立すればいいだけのような気がします。片親の親は苦労経験者です。だからその苦労経験を生かして、子供に社会常識を一生懸命教えてあげたらいかがでしょうか。どの大人よりも説得力をもって伝えられるはずです。例え子供にうざいと思われても、嫌われても、我々片親は説得力を持って、子供に伝えることができるはずです。
んで途中更新サボりすぎの時もあったのですが、だらだらと本日まで至ってしまいました。
これからは自称写真好きでありますので、自分で撮影した写真を中心に気軽に書き込みをしていこうかなどと考えております。
なにかの拍子でシングルパパさんやシングルママさんの片親環境になってしまった方々へ、そして何かの縁でこのホームページを閲覧してしまった方、子供を育てる上で、片親家庭には片親家庭ならではのメリットが沢山あると思います。もしよろしかったら自分の記録を参考にしていただければ管理者としてこんなにありがたいことはありません。
余談ですが、
シジュウカラはなぜあんなに懸命に餌を運ぶのでしょう。私はこう思います。楽しいからではないでしょうか。幸せだからです。喜びを隠しきれないくらい、うれしくてしょうがないからではないでしょうか。なのでもし鳥の声が聞こえたら、急ごうとしている足を、ふと、立ち止まらせてみるのも一計ではないでしょうか、喜びの声があなたの周りにきっと満ち溢れていることに気が付くでしょう。