1000メートルに挑戦

 娘がめずらしくプールに行こうと言い出した。

父 「なんで?」と理由を聞いてみた。

学校で今度の水泳授業の時、クロールでどれくらい泳げるかを競うらしい。少しだけ練習してみたいとのことだった。

娘は小3の時、約一年間スクールに通っていた。
腕前はというとメドレー(クロール、背泳、バタフライ、平泳ぎ)で100メートル(25MX4)、そんな泳ぎの練習までいったのだが、その後、転校のため通うことが困難になりやめた。自分的にはクロールで100メートルは絶対泳げる自信があるみたいだが、いったいどれほど長く泳げるのか一度も試したことがないらしかった。んで、どれくらい泳げるのかやってみたいとのことになった。ちなみにお父さんはせいぜい50メートルしか泳げない。5、6年前までは25メートルすら泳げなかったのだが、娘に触発されて練習しやっとこ調子のいい日に限り50メートルできるようになった。

 プールへ行くとそんなに混んでいなかったため、連続泳ぎができそうだった。
娘を完泳コースで泳がせて見た。小学生が泳ぐと迷惑をかけるかなぁと監視員さんも含めて周りの顔色を伺ったがぜんぜんOKな雰囲気だったため娘に合図をした。

「よし やれ!」

娘が泳ぎ始める。

しかし、一往復が終わると(25MX2)50メートルで足をついてしまった。

父 「へ? なんで足ついたの? たった1往復だぞ? ん?」

娘「はぁ はぁ 苦しくなったぁああ!」

父 「へ! 50メートルでか、はぁ?」

お父さんとしてはちょっとがっかり。ここのプールは1時間のうち10分間休憩をとるようになっている。毎時間、時計の長針が50分を指すと、すみやかにプールから出て下さい、というアナウンスが流れる。その10分間の休憩中、同じプール内にお風呂があるのだが、そこに娘と入り体を暖めた。

その後、再度チャレンジ。

でも しかし今度は2往復(100メートル)で挫折。

父 「なんだぁ 100メートルがいいとこなんだぁ、100メートルくらい泳げる子供は君の同学年にゴロゴロいると思うよ、君はその大勢の中の1人でしかないと思うよ! 残念だったな、水泳で目立つことはあきらな!(笑)」

娘「うんうん、でも やっぱ体がなまってるわ」

父 「ま、でも、もう少しだけでも、いけるかもしれないから、練習だけして帰ろ!な!」

娘「うん、ねぇ おとー」

父 「なーに?」

娘「もし、クロールで200メートル泳げたらさぁーあ、今日の晩御飯モスバーガで食べるの約束してくれる?」

絶対無理だと思った。なので、

父 「OK、わかった!約束する」

んで その直後、なんと娘は200メートルを完泳した。お父さんは絶対無理だと思っていたのでうれしいというかなんというか。

そしてまた風呂に入る。

娘「ねぇ おとー もしさ もし ありえないけどさぁーあ、もし、1000メートル泳げたらさ、ありえないけどね、1000メートル泳げたらモスバーガーはもう約束だから行くとして、んで、そのあとロッテリアの絶品チーズバーガー食べて、んでその後、回転すしに行くっていうのは、どうよ? ん? ん? あん?」

お父さんとしては、物で釣るようなことはあまり好きじゃないし、こういう交渉をしてくること自体ゲンコしたくなってしまう方なのだが、でも物をかけた時に異常な集中力を見せる子供だということをウスウス知ってはいたし、それよりも前に絶対にどんなことがあっても無理な目標だとわかっていたため、結局、「いいよ」と、言ってしまったのだった。

父 「1000メートル ったら 20往復だぞ! お前にできる訳ねーべ、バーカ? そのかわり、もしできなかったら腰もませるからな!」

娘「え! それって ズル」

父 「じゃー やめた」

娘「えー? ま、いいか、腰もみくらい、やる、やる」

そして娘は再びスタートしたのだった。

結果は意外だった。そのまま娘は足をつくこともなく何度も何度も往復を繰り返した。10往復(500M)を超えたとき、

「え、まじ、ほんと? え、まじ」というヤンキー言葉がお父さんの頭を去来する。え、もしかして、やっちゃう? やっちゃう? やってまう?

17.5往復目のターンをした時だった、時計の長針の針が50分を指しアナウンスが流れた。無常だった。

「遊泳中の事故防止のため10分間の休憩をとります、プール内で泳いでる方は直ちに水の中から出て下さい。」

結局、娘は18往復(900メートル)を泳ぎきったところで中断せざるを得なかった。お父さんとしては助けられたという表現になるのだろうか(笑)。

また風呂の中で肩まで湯につかり、

父 「すげー、できそうだったね、おしかったね、ま、しょうがないよ、こういうこともあるさ、な 」

が、しかし娘はあきらめなかった、まだやるというのである、休憩が終わってからすぐ始めれば次の休憩までに1000メートルは間に合うと言うのである。体力はまだ残っているから 「だいじょーぶ」とのことだった。

父 「わかった、わかった、んじゃ、好きにしろ、アホ、でも、ターンする時、壁にすがりすいて、「はぁ はぁ」 って ちょっとでも休憩しようとするの、あれって、やめた方がいいぞ!なんか、せこいぞ、セコさをまぬがれないぞ!公式競技でそんなターンやってたら失格になるぞ、わかった?」

娘はひっくり返って笑いながら 「わかった!」

そして休憩が終わった事を告げるアナウンスが流れる。待ってましたとばかり、娘は水に入る。

そしてスタートした。

結論を先に言う。

その後、娘はなんと1050メートルを完泳してしまったのだった。

21往復だった。時間でいうと30分間ずっと泳いでいたことになる。お父さんは、その間娘の泳ぎをじっと見ていた。何往復泳いだか数を間違えてはならないと思い必死だったからである。子供が一生懸命(動機は不純ではあるが)泳いでいて、自分が数を間違えたんじゃ親としてあまりに情けないと思ったので、両手を使って足し算する幼児よろしく、懸命に両手を駆使してプールサイドで数をカウントした。

カウントしてる途中、10往復目を超えたくらだったと思う、十分娘の体力が温存されているのを目撃した。あ これはいけるなぁと確信した。

確信して思った。

施設の窓の明かり取りはプールの水面をチカチカと反射させる。
チカチカ幻想的に照り反するコントラストな水面を力強くではなく、その反対に危うげにやっとこ行ったり来たりする子供の泳ぎを見入っていて思った。

「この子はいつのまにこんなに体力がついたんだろう」

そして、ほんでもって昔の誓いを思い出した。自分は娘が小学校に上がる前に立てた誓いの事を思いだしたのである。

保育園時代、君は丈夫な子ではなかった。救急病院や夜間病院の常連さんだった。一番困ったのは高熱とアトピーと喘息。中でも参ったのが喘息だった。なんでかというと夜喘息で寝てくれない。喘息の音で家族全員寝れなくなる。何日もそれが続くと皆ヘトヘトになりヘロヘロにってくる。そしてささいな事で喧嘩になる。ちょっとした事でもモメゴトになる。家族同士でののしり合いの喧嘩になるという地獄絵図である。だから喘息が始まると君を車に乗せ一晩中ドライブに出かけるようにしてた。深夜になると喘息の子供というのは寝不足による疲れの方が喘息に勝ってしまってくれるのである。車の振動が揺りかごの役割をはたして助けてくれるようにやっとスヤスヤ寝てくれる。お父さんはそこでホッとした気持ちになりコンビニの駐車場で夜明けの缶コーヒーを飲むのである。

当時はそんなこんなが当たり前だった。

夜明けの缶コーヒーを飲みながら、まだ夜の方が圧倒的に多い空に向かって誓ったことがある。無信仰者のクセにガラにもなく自分は神様に誓った事があった。もし子供に丈夫な体を与えてくれるなら、自分は子供にそれ以上の事を望まないだろう。そんな親になろうと思う。自分は絶対にそういう親になってみせようと思う。

そんな風に誓ったんだと思う。

そして今 何度もターンを繰り返す娘の泳ぎを目撃してるのだが、お父さんの微力な祈りは珍しく神様まで届いたみたいだ。(笑)。でも自分はあの誓いを守っているのだろうか?あの誓いを守れているだろうか?本当に胸を張って言えるだろうか?

しかし考えてみると、どこの親もこんな思いを少なからず持っているはずである。丈夫でいて欲しい。健康でいてくれ。五体満足でと、、

そして、いつからどこから親の欲望が横恋慕してくるのだろう。謙虚なはずの思いの寸法がいつの間にか改ざんされてしまうのである。昔の誓いを皆きっと忘れてしまうのである。

自分も、自分も、そうなのかもしれない。

プールから上がる時、

父 「喉渇いたろ ジュース買うか?」

娘「いらない」

父 「なんで?}

娘「泳いでる時、むっちゃ喉が渇くんだけど、その時プールの水を少し飲むのさ、その時のプールの水って、むっちゃおいしいんだってば」

お前どんだけ逞しくなったんだよ って そう思いましたです アハ

その次の日の話であります。

たまたま娘の学校の通学路を子供達の帰宅時間帯に車で通ったのでした。おっと 向こうの方から娘がこちらに歩いてくるのが見えました。娘もこちらに気がついたみたいで、お父さんの車の前に立ちはだかり家まで送ってけのしぐさをしました。お父さんは車の窓を開け

父「ごめん 行くととこあるから、歩いて帰ってもらえる?」

娘「うん わかった!」

その後、アクセルを踏み込もうとしたのですが、そういえば思い出し、

父 「あ、そういえば、今日、プール! 水泳どうだったの?」、そう聞いてみました。

下から見上げる娘の顔はどんより暗かった。

娘 「急に寒くなったから、今年の水泳の授業はずっと中止になった。」

それを聞いた直後、お父さんが腹をかかえて1分間くらい笑いが止まらなかったのは、むろん言うまでもない。

娘がプールで1000メートルを泳いだその日に奇しくも24時間テレビの番組があり、盲目の少女が津軽海峡42キロをクロールで完泳するという話題がありました。そんな感動的でステキな話題の中、娘の1000メートルはごくごくくちっぽけな話題なのではありますが親バカしょーもなく、そして書き込んでしまいましたことを深くここに反省したいと思いますです、ハイ。

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