娘、自転車に乗れる

 昨晩10時、店を閉め 娘が自転車の練習をしたがっていたので、(もう寝る時間だったのだが)

「外で練習しようか?」

「うん!」

ジャンパーを着て外にでる。
向かいの洗車場は その時間 車もこないし外灯もついるので練習開始。何度も挑戦するのだが、やはり連続してこぐことができない。とても、おしいのだがなかなか乗れない。ペダルを2回から3回連続でこげるのが精一杯で、まだ乗れたとは言えない。なんどやっても乗れないので、娘はイライラが絶頂になる。

「おとうがそんな所に立ってるから、出来そうだったのに、今、出来なかったんだ! おとうのせいだ!もう!」と毒ついてくる。

時計を見ると11時半だった。

「さ、もう、帰るよ! 寝るよ!」

娘はうまく出来ない気持ちのやり場を何かのせいにしたくてキリキリしているのだが、そのイライラをぶつける先が見つからないので余計いらつく。全身おもしろくなさそうな様子でお父さんの後ろからついてくる。見ると娘の頭から透明の角がはえていた。

こんな時、余計な事言って神経をさかなでしない方がいい。(笑)

「あしたも練習しようね」

ひねくれ虫に心を占領されている最中の娘は お父さんに返事もしない。

次の日、学校から帰ってきた娘は「友達の家に行ってくる」と言い、いまだ乗れない補助車なしの自転車のペダルをちょっとこいでは足をつき、またちょっとこいでは足をつきしながら友達がいるであろう公園の方向に向かい、お父さんの視界から消える。(だいじょーぶか?)

それから2時間後、鮮魚室で魚を切っているお父さんのとこにふいに娘は現れ

「ねえ!おとう!乗れるようになった!」と突然そんな言葉を言い残し またどっかに居なくなる。

 夕方になり「5時までに帰っておいで」と言ってあるので、そろそろ娘がきっと帰ってくる時間だ。

「よーし 自転車でどっから帰ってくるか見届けてやろうじゃないか!」

そう思い、見通しの良い屋根の上に登る。あたりを見回す。しばらくして見覚えのある自転車がこちらに、えっちらほっちらやってくる。

娘だった。

「来た来た!」 西の方向から娘がフラフラ自転車をこいでやってくる。今にも、てっころびそうだ。むちゃくちゃ不安定だが、でも連続してなんとかペダルをこいでいる。10回、11回、12回、13回、14回、15回、30回.40回

「よーし 乗れてる乗れてる!いいぞー!OK~」

その夜は雨だった。
夜9時になりお父さんは明日の朝の保育園の給食の魚(おひょう)の切り身を切り終えると、仕事が終わるのを待ちわびていた娘が後ろでうずうずしている。

「雨降ってるけど自転車の練習する?」

「うん」

「じゃーレインコート着てきな!」

向かいの洗車場できのうと同じ練習開始。
雨降りの洗車場には 当然、車は一台もない。アスファルトの広い敷地をレインコート姿の小学一年生娘が何週も何週も自転車をスイスイこぐことができている。その横っちょでお客さんが忘れていった女物の傘をさした大男のお父さんが子供のグルグル回る単純作業を眺める。でも決してあきることがない。グルグル自転車を転がす娘に向かって今のお父さんの率直な気持ちを叫んでみた。

「やっとこ 自転車乗れた訳だけど、お父さん、なんだかとっても、うれしいぞ」

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