娘、壊れる

2.保育園の頃

 きのう娘が壊れました。

 夕方うちのお店に二組の親子がお菓子を買いにやってきました。どこかの若いお母さん二人、娘と同じ年頃の4人の女の子達。子供達がお菓子の売り場でワイワイがやがやしてるので、娘はニコニコ近づいて行きました。しかしお母さん方と子供達が楽しそうにキャッキャ言いながら,お菓子を買い物している様子が目の前で展開するのを目撃し、また自分が疎外を余儀なくされる空間だと知るやいなや、娘の顔から明るさがみるみる消え失せるのが分かりました。その後、その場で、しばらく 狂いが生じた人間が特有に見せる歪(いびつ)な光を目のまわりに浮かべながら、小さな頃の癖だった親指をしゃぶり始め,その親子達が居なくなっても、指をしゃぶることを止めずに,その場に立ったまま、ただ空中だけを眺めていました。 

目の前で娘が壊れていくのが分かりました。

父親の私がこういう時 出来ることは傍観することだけです。そしてこころの中で「がんばれよ!」とつぶやいて、2階の事務所に上がり何事もなかったように仕事を続けます。我ながらぞっとするほど冷たいお父さんなのです。しばらくして階段の下から娘が泣きながら大声をだしているのが、聞こえてきます。今日は一段と絶叫してます。

「おとーさん! だっこー! だっこー! だっこー!」

重たい腰を上げて階段の上の所まで行き 階下にいる娘に手招きして、

「お客さんに、聞こえるから、静かにしなさい! おいでー!だっこしちゃるから! おいで!」

娘の声がさらに荒くかすれます。床のコンクリートを足で交互にバンバン踏みつけるように地団太を踏みながら

「こっから,だっこー!」

階段を降りて行くと娘は大口を開けたまま止まってます。口が左右に大きく開いています。扁桃腺が見えるほどです。でも声が出てきません。泣きたくても泣けないまま時間が止まってます。
娘が崩壊する寸前です。大口を開けて泣き出す寸前の顔をお父さんにみせることで崩壊していく自分のバランスをとろうとしているようです。だっこすると来年小学生になる娘はズシンと重たく感じます。すぐお父さんの首すじに顔をうずめます。瞬間的に寝てしまったんではないかと思うくらい静かになります。
すこしおちついたのかもしれません。たまに「ズズッ」と鼻水をすすりあげる音が耳元なので鼓膜が驚きます。今,彼女は自分を動揺させる,いやでいやでしょうがない思いと戦っています。
不意に心に突き刺さってきた刃物をなんとか必死に抜こうとしています。でも抜けずに突き刺さったままの刀が胸の中で右へ左へとあばれるので、痛くてしょうがないようですが、お父さんにガッチリしがみつくことにより少しだけその痛みを和らげることに成功してます。

「あれー赤ちゃんになっちゃたのかなぁー?」

「....」

返事がありません。それほどしがみつくことに集中しています。こんな時、30分くらい、だっこした状態のままブラブラしなければなりません。疲れて椅子にこしかけることを娘は許してくれません。

「自分も今 楽じゃないんだからお父さんも楽するな!」と言いたいのかもしれません。

「いいぞ! もっと傷つけ!  もっと傷つけ! どんどん傷つけ! でも逃げるなよ! 

逃げるのだけは,お父さん絶対許さないからなー! 

逃げないで歯をくいしばれるようになったら、神様は君にいろんな力を与えてくれるんだよ!どんな力だって? うーんそうだなぁ、今はまだ分かんないだろうけど、いやでいやでしょうがない気持ちにつぶされそうになって困っている人に、こころの底から理解の手を差し伸べてあげたりする、そんな力かなぁ.. 人を助けてあげられる力かなぁ..  もう生きていてもしょうがないと思って人に、光を灯してあげられる 力かなぁ..
やさしさって誰もが生まれつき持っている力なのかもしれないけど、人のいやな気持ちを理解してあげられる力は今の君のようにいやでいやで、しょうがない気持ちに負けずに歯を食いしばってこれた人間だけに与えられる特権のような力なんと思う。 
誰もが獲得できるわけじゃないんだ、努力しなきゃ勝ち取れないんだと思う。誰も与えてはくれないんだと思う。自分で取りにいかなきゃならないんだ。
でもその力はもしかすると超能力なんかよりもすごい力かもしれないよ。
そんでもって手にしたその力を大事に大事に貯金していくこと、たくさん貯まったその貯金の事を「財産」って言うんだと思う。その財産があると、いつか今度は 神様が別なプレゼントを分けてくれる。笑ったり怒ったり悲しんだり泣いたり喜んだりすることを感受できる、そんな「物差し」を 神様が分けてくれる。その魔法の「物差し」を手にいれる日は遠い将来じゃ なくなるんだよ、人を助けることが出来るのは政治家や宗教家とかじゃない、お父さんはそう 思ってるんだ。君のように小さい頃からヘドがでるくらい いやな思いと 戦って、それをがんばってきた人間なんだと思うよ。君はその可能性を十分秘めている。お父さんはそう思ってるんだわ。だから逃げないで なんとか歯をくいしばって欲しい。いまの君にはちょっと残酷な話しだけどね!でも いつかそのいやな気持ちをうまいこと表現できるようになったり、うまいこと人に伝えられるようになったり、整理できるようになったり、そのいやな気持ちがへっちゃらになればいいよね。それまでお父さん絶対死なないでいっつも一緒に居るから、だからがんばろうぜ!」

気がつくと娘はグースカ寝ていました。

「ごめん お父さんの話し退屈だったわな,なんぼなんでも」

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